はじめに
ウルグアイの第40代目の元大統領であるホセ・ムヒカという方をご存知でしょうか?
このホセ・ムヒカの名言がぎっしり詰め込まれた本をご紹介します。
貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ
貧乏とは、欲が多すぎて満足できない人のことです
引用)『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』(佐藤美由紀 著)
これはもう耳が痛いですね。貧乏な人とはよく深い人のことを言うのですね。ままさにまさにま
本当は今あるものに満足すれば十分なはずなんですよね。それができないのが人のサガといいますか弱いところです。
いずれにしても
私は、持っているもので贅沢に暮らすことができます
引用)『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』(佐藤美由紀 著)
今あるもので生活できないかを工夫してみるべきですよね。
今の生活が成り立っているのは、自分の周りにあるモノや人のお陰です。
この感謝の気持ちを持ちながら「今持っているもので生活するんだ!」と決めてしまえば、今持っているものでも十分に贅沢に暮らすことができますよね。
ホセ・ムヒカ大統領のリオ会議での8分間スピーチ
会場にお越しの政府や代表のみなさま、ありがとうございます。
ここにご招待いただいたブラジル国、そしてディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。
私の前にここに立って演説した、心良きプレゼンテーターのみなさまにも感謝いたします。
国を代表する者同士、人類が必要とする国同士の決議を議決しなければならない。
その素直な志をここで表現しているのだと思います。しかし、頭の中にある厳しい疑問を声に出させてください。午後からずっと話されていたことは、「持続可能な発展と世界の貧困をなくすこと」でした。
けれども、私たちの本音は何なのでしょうか。現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することなのでしょうか。
質問をさせてください。ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てば、この惑星はどうなるのでしょうか。息をするための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方でしましょう。
西洋の富裕社会が持つ傲慢な消費を、世界の70億〜80億の人ができると思いますか。そんな原料がこの地球にあるのでしょうか。可能ですか。それとも別の議論をしなければならないのでしょうか。
なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか。マーケット経済の子供、資本主義の子供たち、つまり私たちが、間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作ってきたのです。
マーケット経済がマーケット社会を作り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。
私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか。グローバリゼーションが私たちをコントロールしているのはないでしょうか。
このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で、「みんなで世界をよくしていこう」といった共存共栄な議論はできるのでしょうか。
どこまでが仲間で、どこからがライバルなのですか。
このようなことを言うのは、このイベントの重要性を批判するためではありません。その逆です。
我々の前に立つ巨大な危機問題は、環境危機ではありません。政治的な危機問題なのです。
時代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしきれていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです。
私たちは発展するために生まれてきているのではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。
人生は短いし、すぐ目の前を通り過ぎてしまいます。
命よりも高価なものは存在しません。
ハイパー消費が世界を壊しているにもかかわらず、高価な商品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。
消費が社会のモーターになっている世界では、私たちは消費をひたすら早く、多くしなくてはなりません。
消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。このハイパー消費を続けるためには、商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、本当なら10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない…。
私たちは、そんな社会にいるのです!
長く持つ電球はマーケットによくないので作ってはいけない。
人がもっと働くため、もっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。
悪循環の中にいることにお気づきでしょうか。
これは紛れもなく政治問題です。私たち首脳は、この問題を別の解決の道に導かなければなりません。
石器時代に戻れとはいっていません。マーケットをまたコントロールしなければならないと言っているのです。
私の謙虚な考え方では、これは政治問題です。
昔の懸命な人々、エピクロス、セネカやマイアラ民族までこんなことを言っています。
「貧乏な人とは、少ししか物を持っていない人ではなく無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」
これは、この議論にとって文化的なキーポイントだと思います。
私は国の代表者として、そういう気持ちでこの場に参加しています。
私のスピーチの中には耳が痛くなるような言葉が結構あると思います。
しかし、皆さんには水源危機と環境機器が問題の源ではないことをわかって欲しいのです。
根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは、私たちの生活スタイルだということ。
私は環境資源に恵まれている小さな国の代表です。
私の国には300万人ほどの国民しかいません。でも、私の国には、世界で最も美味しい1300万頭の牛がいます。ヤギも800万から1000万頭ほどいます。私の国は食べ物の輸出国です。こんな小さな国なのに領土の90%GA資源に溢れているのです。
私の同志である労働者たちは、8時間労働を成立するために闘いました。そして今では、6時間労働を獲得した人もいます。しかしながら6時間労働になった人たちは別の仕事もしており、結局は以前よりも長時間働いています。
なぜか?
バイク、車などのローンを支払わなければならないからです。
毎月2倍働き、ローンを支払って行ったらいつの間にか私のような老人になっているのです。私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬ですぎてしまいます。そして、自分自身に質問を投げかけます。
これが人類の運命なのか…と。
私のいっていることはとてもシンプルなものですよ。
発展は幸福を阻害するものですよ。発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。
愛を育むこと、人間関係を築くこと、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限の物を持つこと。
発展はこれらをもたらすべきなのです。
幸福が私たちの最も大切なものだからです。
環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の1番大切な要素であることを覚えておかなくてはなりません。
ありがとうございました。
引用)『世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉』(佐藤美由紀 著)
このスピーチは「最も衝撃的なスピーチ」と呼ばれるようになったそうです。
今の資本主義の世界の歪みをズバリ言い当てているスピーチですね。
私たちは幸せになると思い込んで、いくら溜め込んでも幸せにならないモノを手に入れるために働き続けているということ。幸福になる道とは真逆の方に進んでしまっているんだと気づかせてくれるスピーチです。
まとめ
発展は幸せを阻害するものであってはいけないということです。私たちがこの世に生まれてきた理由は、
- 愛を育むこと
- 人間関係を築くこと
- 子どもを育てること
- 友達を持つこと、
- そして必要最低限のものを持つこと。
これ以外を求めて発展しようとしても幸せにはなれないんだと気づくことができました。
自分自身が生きている理由をもういち度見つめ直す良いきっかけを与えてくれる本です。
ぜひご一読くださいね。
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