はじめに
治療者って常に上機嫌でいないと患者さんに良い治療ができないんじゃないかなと私は考えています。
基本的に理学療法士を受けに来られる患者さんって病気などが原因で体が動かなくて日常生活を送る上で困っているのでワザワザ病院にきて理学療法をうけに来られます。
病気が原因で体が動かないことで、学校や会社に行けないなどこれまでの生活を送ることができないために精神的や金銭的にも辛い思いをされています。
そんな患者さんと接する私たち治療者が患者さんと同じ様に落ち込んだり、不機嫌になっていては、患者さんに精神的に良い影響を与えることができませんから良い治療はできないと考えるのです。
だから患者さんの多くは元気がない。怒りっぽくなっている方も多いです。
なんというか患者さんの色々なものを受け止める「器」が治療者には求められるなとヒシヒシと感じています。
治療者はみんな大きな器を持っているのか?
少なくとも私は残念なことに大きな器は持ち合わせていません。
実業家で作家の斎藤一人さんは器量について、
「人の器量というのは機嫌が良くて気持ちが上であることを決めた状態で大きくなる」
と言っておられます。
人にご機嫌をとってもらったりしようとしてもらわずに自分で自分の機嫌のメンテナンスをするということですね。
自分の機嫌をとるということが精神論の中でも一番大切なことだと説いておられます。自分の機嫌を取れない人は器量も大きくすることなんてできないということですね。
不機嫌な治療者にはみてもらいたくない
患者さんに良い治療を提供できるかというのは技術的なところももちろん必要です。
しかし、いくら技術的な治療が良くてもブスッとしたり、何かいつも怒っている様な治療者に患者さんはみてもらいたいと思うでしょうか。
私だったら嫌ですね。何か息苦しいですよね、そんな人は。
私は相手の感情に引き込まれてしまうところを持った弱い人間です。ですから私でしたらできるだけいつも上機嫌な治療者に見てもらいたい。
そりゃ全く治療の勉強をしていない上に不機嫌で冷たい感じの治療者に見てもらおうとは思いません。
いくら技術があっても人間として一緒に痛くない様な治療者にみて貰うくらいでしたら、少々技術が伴っていなくてもいつも上機嫌でいる人に見てもらいたいです。
私自身感情にムラがある人間ですが、できるだけ上機嫌でいることができる様に勤めることが治療者としての最低限の責務だなと考えています。
まぁ、上機嫌でいないとプライベートな時間もうまく行きっこないですけどね。
上機嫌でいることができて初めて人間としての器が頭角を表すわけですものね。
まとめ
肉体だけでなく社会的にも精神的にも弱っている患者さんを治療する立場にある以上、治療者は少しでも大きな器を持っている方が良いでしょう。
器を大きくするには上機嫌でいることがポイントになります。
斎藤一人さんによると上機嫌でいる方法について、
「上機嫌でいる方法は上機嫌でいると決めること。」
と言っておられます。
シンプルですが奥が深いですね。
器を大きくするためにはどうすれば良いかという視点からも斎藤一人さんのお弟子さんと一緒に本を書いておられます。
タイトルもそのまんまの『器』という本です。
この本を読んでみて自分の器を大きくするためにはどうすれば良いかを見出す良いきっかけになると思いますよ。
面白そうなので、この本読んでみます!
ありがとうございます。
また感想をお聞かせください。